福井県大野市の杉本清味堂の歩み
福井県大野市の杉本清味堂の歩みのタイトル
福井県大野市の杉本清味堂のの原点
創業者である初代・杉本茂は、小学校を卒業すると同時に、同郷の縁を伝って、京都のあられ屋へ修行に出ました。そこで約15年の長きにわたり修業を積みましたが、戦争や自然災害などの辛苦に遭い、帰郷を決意します。
故郷大野では軍関係の工場に勤めましたが、ほどなく終戦を迎え、工場は閉鎖。そこで「昔習った“あられ”で店を始めよう」と一念発起し、昭和23(1948)年、大野市高砂町で創業したのが「杉本商店」です。
福井県大野市の杉本清味堂ののラインナップ
時は終戦直後、商売も初めての挑戦だらけ。環境的にも金銭的にも、準備万端で始めることは至難の業でした。
そこで茂は、大がかりな設備がいらず、日数もかけずに作ることができる水切り製法の米菓を始めました。
一口サイズのあられが今でも当店の看板商品である「福ふくよ菓」の原点です。
以来、試行錯誤を繰り返し、少しずつ商品を増やしながら、地域に愛されるあられ屋へと徐々に成長していきました。
福井県大野市の杉本清味堂のラインナップ1枚目
福井県大野市の杉本清味堂のラインナップ2枚目
福井県大野市の杉本清味堂のの商店から会社への歩み
時は流れ、昭和50(1975)年。2代目・杉本守久が店を引き継ぐことになり、「商店」から「会社」へと形態を変更。屋号も「杉本商店」から「有限会社杉本清味堂」へと生まれ変わりました。
県外向けの卸業だけではなく、地元のみなさまに食べていただけるあられを作りたいという思いから、平成5年、妻・加代子が中心となって米菓専門店『製造直販杉本清味堂』をオープン。その後、米にこだわった商品開発を進めていくうちに、米の風味、食感にこだわった「おだんご」にたどり着きました。社内公募で名称が決まり、当時のだんご3兄弟ブームにのって少しずつお客様を増やしていきました。それが平成8年『夢助だんご』の始まりです。
福井県大野市の杉本清味堂の会社への歩み1枚目
福井県大野市の杉本清味堂の会社への歩み2枚目
福井県大野市の杉本清味堂のの3代目への歩み
3代目・杉本和歌子がバトンを受け取ったのは、平成23(2011)年のこと。従業員の8割が女性ということ、そして自身が女性という事もあって、「女性が働きやすい職場環境づくり」に力を入れて取り組みます。男性に頼らざるを得ない力仕事と女性ならではのきめ細やかで丁寧な作業。それぞれの分担を社員1人1人が持つパワーで大きなチーム力となって現在に至っています。その力が美味しいものづくりの源であると信じて日々邁進しています。
福井県大野市の杉本清味堂の3代目への歩み1枚目
福井県大野市の杉本清味堂の3代目への歩み2枚目
福井県大野市の杉本清味堂のの未来への歩み
質を高め、地域の方々に「大野には清味堂がある」と言っていただくためには何をすれば良いのか――。私たちは常に考えています。
歴史と伝統を守りながらも、恐れることなく必要な変化に対応していくのは想像以上に大変なことですが、今後もお客様からのご支持を大切に、あられ・団子という「みんなが幸せになるお菓子」を作り続けてまいります。
福井県大野市の杉本清味堂の未来への布石
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